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「ありますよ」
「え……本当ですか?」
 一見、無愛想に見える店主が嬉しそうにうなずいた。
 いまはどこに行っても納豆が手に入らない。そんな中、納豆オムレツを出してくれるというだけでも、この店に入って良かった、とサンボルは思った。
 もちろん、それだけではないと心でフォローも忘れない。
「しかし、なんで納豆無いんでしょうか」
「それが、どうもパックの生産のほとんどを茨城とかでやってるかららしいよ」
 たしかに、工場とかは多い。
 やはり日本の納豆産業を水戸だけで支えていたからではなかったのか。まあパックの生産をほとんど担ってるなら、あまり変わらない気もする。
 しかし、納豆を口にしたのは、地震後は初めてかもしれない。
 ここ数日、朝に納豆を食べないてないせいか、なんだかエンジンが入らない。
「え……納豆って朝食べるものなの?」
 一瞬、この先輩は何を言っているのか、と思った。
 そういえば、西の人はあまり納豆を食べないと聞いたことがある。
 あれ、先輩は関西出身だったかな、とサンボルが思っていた、そのときだった。
「納豆はデザートじゃないの?」
 そんなこと聞いたことない!
 デザート?どうすればデザートになるのだろうか。
 その場に居たほかの先輩方と一緒になって反論しようとした、まさにそのとき。
「いや、デザートじゃないでしょ、ウイスキーのつまみだよね」
 見たら、得意げな、上司。 
 もはやどっからツッコめば良いのか分からなくなってしまった。
 しどろもどろになる、場の空気。
 文化が違うとはこういうことをいうんだな、とサンボルは苦笑いしていた。

+++++
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「なんか、どんどん凄くなるね、髪……」
「元に戻ってるだけですよ」
 出張先で一番歳の近い先輩に言われた。
 今週も半ば過ぎになってやっと気にされたか、とサンボルは思ったが、もしかしたらみんな敢えて触れないようにしているのかもしれない。
 それとも感覚がマヒしてしまっているのだろうか。
「じゃあ次は金髪かな」
「いや……さすがに、それはしませんよ」
 いくらなんでも社外の人に会うときだってある。
「まあ、そうか。茶髪ならいるけどね、ほら」
 会社という集団にいても、研究者は奇抜な発想が求められるし、個性が重要視される。集団からしたら異質なのかもしれない。
 だから会議とかで知らない部署の人でも、何事もなく、普通に接してくれてる。
 若干、目が泳いでいたように見えなくもなかったが。
「んー、女性は、良いんじゃないですか?」
「なんで女性は良いんだろうね」
「だって、それは……それを判断する上の人が男だから」
 それも変な話だが、往々にしてあることだな、とサンボルは思った。
 見た目なんて、良いとか悪いとか場にふさわしいとかではなく、それを見る人がどうかということだ。
 互いに良いと言ったら、夏場に水着で出社もあるかもしれない。この夏は電力不足だというし、節電もできて良いのではないだろうか。
 もっとも、男たちの仕事の能率は落ちそうだが。
「上の人が女性なら、俺らも結構自由になるかな」
「そうかもしれませんね」
 雇用の均等化。十分なようでまだ不十分なのだ。
 別にこれ以上自由に髪をいじる気もないが、そしたらどういう風にしようかな、と、前髪を触りながら考えていた。

+++++
 ひのきの香りはやはり落ち着くな。そう思いながら大きく息を吸う。ただ、ひのき風呂でもひのきの椅子でもない。サンボルが持っているのは、ひのきから切り出したおちょこだ。
 社会人になってからこっち、酒を飲まない日がなくなってしまった。
「ふう……」
 酒飲みは太るというが、逆に痩せたかもしれない、とサンボルは首下をさすりながら思った。まあ、それは食べる量が減っているからかもしれないが。
 もともと一人で居るときはそんなに量を飲まない。味を楽しみたいのもあるし、そもそも相当量飲まないと酔わないというのもある。毎日酔うために飲んでいたら、体を壊す前に家計が壊れてしまう。
 部屋の隅に作った酒飲み場の椅子に腰かけながら、サンボルはインテリアした部屋を見渡した。
 たまには禁酒しようと思うときがある。
 ひどく酔いつぶれた次の日なんか特にそうだ。1週間は絶対に飲まない、なんて誓いを立てるが、そんな誓いもその日の夕方になればきれいに消されている。
 誓ったのが神なら確実に破門だろう。酒の神だったら抱擁だろうか。
「っ……ごほっ……」
 もしかしてアルコールの中毒かな、なんて思っていたらむせてしまった。
 いまでもアルコールにむせることがある。それでも懲りないのだから、きっと性格だろう、と、サンボルは思った。
 どんなときでも、自分を明るくできるものを持っているべきだ。
 そう考えるとお金をかける甲斐もあるな、なんて、都合よく考えていた。

+++++
「ひさしぶり」
 いつになく弱々しい母親の声だった。
「はいよ」
「元気?」
 口調は努めて笑顔を繕っている感もあったが、なんとなく小さな感じがした。
 それも、しばらくしたら理解できた。
 母が居るのは、被災地だ。
 そして、親族や知り合いは沿岸にも多く居る。
「そこらへんに亡くなった方々がそのままで、片づけられなくて、周りが瓦礫と異様な匂いで、ほんと、戦争より酷いって……」
 少しずつ情報が入ってきて、電話が通じるようになって、親族や現地に実家がある友人から話を聞いて。
 故郷があんなになっているのをテレビで観ても苦しくなる。
 それでも放送されるのは瓦礫だけだ。
 自分の周りの人の死なんて、普通に過ごしていれば両手で数えるよりも少ないかもしれない。
 それが。
「あのお姉ちゃんが、めずらしく弱気なメールばかりだからね」
 若くしてサンボルや妹を育てていたときに支えになってくれたという母親の姉。
 そういう人が弱気になっていることで、母親も不安になっていたのだ。
 サンボルには、話を聞くことしかできない。それでもある程度、話をしているうちに母親が元気になった気がした。
 テレビでは決して流されることがない。
 芸能人が関東に来る放射能が心配だとテレビで言っている。
 こうして埋もれていくのか、と、サンボルはテレビのスイッチを消したのだった。

+++++
 やはりこういう感じがしっくりくるな。
 鏡を見ながら、まっすぐになった前髪と、刈り込んだ左の上からかぶせた髪を見て思った。
 就職してからというもの、やはり少し遠慮気味になっていた髪を、今回で思いっきり思い通りにした。
 目に前髪がかかってないし、耳にもかかってない。一番長い髪の毛の長さも肩の上くらいだし、社会人として、何も間違ったものではない。
 ただ、少しだけ見た目が特徴的なだけだ。
「そういえば、最近ほんと納豆無いよね」
「そうですね」
 地震があってから流通がマヒしてるせいで、いろんなものが店から消えているけど、特に納豆と豆腐は最近まったくと言っていいほど無い。
 サンボルの美容師も和食派で、朝の納豆は欠かせないという。
「納豆の生産ってそんなにしてないのですかね」
 それとも日本の納豆は本当に水戸だけで担っていたというのか。
「自分で作れないかな」
 確かに、何かの番組で自家製納豆作ってるのを観たことがある。
 煮た大豆を温かいうちに藁で包んで、既製の納豆を数粒入れて、あとは懐に入れておく。
 しかし、だ。
「……出来上がったネバネバした大豆、食べるの勇気入りますね」
 自分の体温で出来上がった糸を引く大豆。ちゃんと納豆菌で発酵したかどうか不安になる。
 というか、発酵であるかどうかすら怪しい。
「たしかにね」
 そう言って笑いながら手についたワックスを拭いていた。
「そもそもいつまで食べられるかも分からないしね」
 昔の人は食べられるかどうかは味をみたり、実際食べて大丈夫かどうかで判断したはずだ。今回だってもちろん、体を指標にすることとなるだろう。
 そもそも納豆の発見だって、どっかの武士が保存食で持って行った大豆に納豆菌がついて、いつの間にか発酵していたという話だ。
 その武士はきっと食べるのを躊躇っただろうが、それしか食べるものがなくて食べたのだろう。
 ただ、とそこまで考えて頭を整理した。
 そこまで食料不足ではない。
「まあちょっと難しそうですね」
 それでも、こういう時勢だし試しに本気で作ってみようかな、と半ば本気で考えたのだった。

+++++
「ちょっといいかな」
「え……あ、はい」
 呼ばれているのが自分だと気が付くのにちょっとかかった。
 まさか、どっかに飛ばされるのか。
 そう思ってしまうくらい、一年目のサンボルがラボ長に呼ばれるなんて滅多にないことだった。
「……」
 不安になりながら後についていく途中でのラボ長の言葉ですべてが理解できた。
「地震、大変だったね」
 そういえば、親族の被災状況を聞かれたので、それについての回答と緊急支援の有無を事務さんに伝えていた。そして、きっとそのことだと思った。
 研究所には1000人以上の従業員が居るが、今回被災した親族が居ると回答したのはほんの数人だったようだ。それほど、東北出身者は少ない。
 こちらに来てから先輩方の出身校やどんな子どもだったかの話になるたびに、さもありなん、と思う。何せ東北人は、まあ包んでいったら、自然に囲まれてのんびり過ごしているのだから。
「ええ、まあ、あの通りの現状です」
「会社としてもできる限りの支援をするつもりだから」
 それは、どこか気を使った目で。
「あと、すぐ帰りたいというなら、交通の方も何とかするし、例えば数ヶ月岩手に行きたいということなら、長期休暇というのもラボとして考えるから」
 足を手配してくれるとか、休暇がもらえるからとか、そんなことではない。手を差し伸べてくれる人たちがいるという事実に本当に涙が出そうになった。
 実際、どこかから支援を頂こうとは考えもしなかった、というかそんなこと忘れていた。自分が何かをしてあげなきゃ、自分が力にならなくてはという思いが強かった。休暇だって、そのときは年休内で何とかしようと思っていた。
 組織とはそういうものだ、普通だ、と言われるかもしれない。例えそうだとしても、それを普通だとはサンボルには決して思えなかった。
 感謝、感謝、ずっと心の中で繰り返していた。
「まあ、何かあったら相談してくれればきっと対応するよ」
 それだけでも十分、頑張れる気がした。

+++++
 震災の中での日本人の秩序とマナーが海外でも大きく報じられている。そういうのを見ると、日本人であったことに誇りを持つし、涙が出そうなくらいうれしくなる。
 また、そんな日本になんとかして貢献したい、力になりたいとも思う。
「どうすれば予備自衛官になれるのかな」
「あれって定年した人とか、一度、自衛官を経験してる人らしいですよ」
 ずっと野球をやってきて、いまでも社会人野球部で体を鍛えている先輩が、ふとそんなことを言った。さすがに徴兵制ではないのだから、一般人がなれるわけがないし、だからサンボルはそんなこと考えもしなかった。
 そう思う人もいるんだ、と、ちょっとした驚きすらあった。
「そもそも健康体じゃなきゃダメなんですよね、まあ先輩はそこは大丈夫だと思いますが」
「メガネの人とかもダメらしいよ」
「へえ、そうなんですか」
「戦闘中にメガネ探してる暇ないでしょ」
 確かに。
 銃弾が飛び交う中、メガネを失ったのび太みたいなのがいたら、確実に後方に送られることだろう。
「そういえば昔、航空自衛隊は虫歯の治療跡があるとダメって聞きました」
 いまはどうなってるか分からないけど、自然の歯と材質が違うせいか、気圧が大きく変化する戦闘機の中とかでは虫歯の治療跡は破裂するらしい。
 そんなことが起きたら任務なんてどころではない。
「なら歯がまったく無い人なら良いのかな」
「戦闘中に入れ歯探してる暇ないでしょ」
 それにポリデントが戦時の物資に含まれているかどうか、はなはだ疑問である。
「じゃあ陸上自衛隊だな」
 そう言った先輩が、迷彩服着て、指示を飛ばしながら走り回ってる姿が容易に想像できて、ちょっとおかしかった。野球のスキルを存分に発揮しての手りゅう弾投擲、変化球も交えながら敵を翻弄してくれそうだ。投げられるのがフォークだけの野茂氏よりは、確実に戦えるだろう。
 ただ、そんな日は絶対に来てほしくはない。
 やはり平和が一番だ、と、笑いあう先輩たちを見てひとり呟いていた。

+++++
 長ければ良いというわけでもないし、短ければ未熟というわけでもない。経った時間よりは、一緒に過ごすたびにどれだけ前に進めるかというとこだと思う。
 気がついたら、今日でもう8年という年月を彼女と一緒にいる。
 そして、結婚してから1年という区切りの日だ。
 それでも、とりとめなく互いに新しいことを発見するし、一緒にやって楽しいことは途方もなくたくさんある、と、サンボルは思っている。
 付き合って3ヶ月で別れた、なんて学生にはあることだが、サンボルにとってそれは付き合ったことに値しない。3ヶ月一時も離れずに一緒に住んでいたとなれば話は別だが。
「……さっき、ダブルデートみたいな人たちが居たけど」
「ん?レジんとこに居る人たち?」
「ダブルデートでこの店はないと思うんだけど」
 若年層よりは、どちらかというと熟年層が多い料理店。
 じゃあ俺らはどうなんだと思ったが、そういえばサンボルは好みや趣味の話になるといつも先輩方から、お年寄りみたい、と言われる。好きなんだから、まあしょうがないか。
 それで、哀れにもダブルデートと疑われた人たちを見ると、明らかに自分らより年上に見えた。
「それとも、友だち同士かな」
「というか……あのくらいの年代でダブルデートはないと思うけど。ほら、完全割り勘してるし」
「ほんとだ、そうだね」
 それからは、自分たちの昔の話になった。
 初めてのデートの昼食はそば屋だった、なんて話をしながら、やっぱり変わってないなとサンボルは思った。そう思って、頭のなかのそれを取り消した。
「そろそろ行こうか」
「そうだね」
 立ち止まっているのではない。
 きっと、一緒に、進んでいるのだ。

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